ご守護の中にも親の声が(1

 

 初代の会長様から、いろいろのことをお道の上に教えていただきました。

その中で一つ、因縁ということについて、お話をいただいたことがございます。

 

因縁ということでございますけれども、まず第一に、お道を聞かせていただいた者は、因縁を積まない。

これは、道を通らせていただく者として、言うまでもなく大切なことでございます。自分が通るのでございますから、比較的通りやすいということですね。

二つ目には、人さんから因縁を貰わない。

三つ目には、人さんに因縁を積ませないこと。

 

第一番に、お道を聞かせていただいた者は、自分が因縁を日々に積まないこと。二番目には、人さんから因縁を貰わないこと。三番目には、人さんに因縁を積ませないこと。

「因縁を積まない」と簡単に申しますが、このように三つを初代の会長様に教えていただきました。

 

因縁を人さんに積ませない。これは、うっかりいたしておりますと、日々によくあることでございます。

私は勤めの時代に、首の後ろの、俗にいうところの盆のくぼというんですかね、そこに大きな頭のない腫れ物ができたことがございました。

あまりにつらいので、初代の会長様にお伺いをさせていただきましたときに、「知らず知らずの中に、自分は因縁を積まないからいいとしても、人さんに、自分のことについて因縁を積ませた」ということを、会長様が教えてくださいました。

はじめて私はそのお話によって教えていただいたことで、ビックリしたのでございますけれども、初代の会長様は、「相手に言うことはない。お前さんが、相手さんに代わって、よくそういう因縁の心を私に運んだことをお詫びをしてあげなさい」こう教えていただきまして、私は夜遅く教祖殿へまいりまして、お詫びをさせていただいたことがございました。

あくる朝、どんなお願いをいたしましてもご守護いただけなかった、その首の大きな腫れ物の頭が切れまして、中からたくさんの膿が休んでいる間に出たのですね。そうして、すっきりのご守護をいただいたことがございました。

ですから、人さんにも因縁を積ませないということがいかに大切なことであるかということを、そのとき教えていただきました。「相手は勝手に因縁を積むんだから、仕方がないじゃないか」まあ、そのお話を伺うまでは、こういう気持ちでございましたが、それもいけないことだと神様は教えてくださいました。

 

今からお話をさせていただきます不思議なおたすけは、それから十年前に遡ってまいります。

十年前に起きた事件が、十年経って、おたすけさせていただく因縁で、見て聞いて、神様がお連れ通りくださったということでございます。

誠にこのお道の信仰は、大切なことというのは何かというと、素直ということです。

そんなこと言ったって、そんな無理なことは思えやしないとか、できやしない。それじゃあ身も蓋もないですね。

 

十年前の事件というのは、私はもうすでにお教会に入り込みをさせていただいておりました。会長様のおそばで、お仕込みをいただいている時代でございます。

ある日、私は、初代の会長様のところに呼ばれてまいりました。

ああ今日は、特別に間違ったことを、お仕込みをいただくようなことはしなかったつもりだけど、何のお仕込みをいただくんだろうと思ってね、もう恐る恐る会長様の前に出ましたら、会長様が手紙を読んでいらっしゃいまして、私がまいりますと、私にこうお出しになって、「お前のお母さんが、殺されるところだったよ。それでもなあ、よう助かったなあ、よう助かったなあ」と何度もおっしゃられました。

私は、あまりのことにビックリ仰天したの。それは、初代の会長様のところに、もう事件は済んだ後のこと、こうこうこうなっておりますけれども、如何にさせていただいたらよろしゅうございますかという、お伺いのお手紙でございました。

夏の日のことであったそうでございますけれども、我が家では、母と妹が夕食を済ませて、よもやま話をしているところに、どういう神様の思惑か分かりませんが、常に親しくしているところのご近所のご主人が、どういうことでしょうねえ、大きなスイカを片手に抱えて、ヨキという木を割る道具を片手に持ってですね、入ってきて入るなり、後ろ向きに座っている私の母の脳天めがけて振り下ろしたということなんです。

母はその場に倒れまして、妹はもうあまりの恐ろしさに、「助けてー!!!」と誰かを呼ばにゃあいかん、「助けてー!!!」と言っても、もう声が出ない。ここに、こんなことをしていてはいけない、立たなくっちゃと思っても、もう腰が抜けてしまって動けない。

そういう状態の中に、「なんか遠藤さんのところ、大きな物音がしたが、おかしいよ」と言って、ご近所の方が不審に思って駆けつけてくれた。

そうしたら母は、血だらけになった畳の上に、仰向けになって倒れていた。そして、割られた脳天を手で押さえている。もうザクロのように皮が割れているの。それで、「神様、会長様」と三度お呼び申し上げて、そのまま気を失ってしまった。

だけどその加害者の方は、そういうことをしたのに、あとなんにもしないでボーっと立っていたわけですねえ。

皆さんに取り押さえられて、もちろん刑事問題。警察からもお巡りさんが来て、刑事問題になった。

裁判の結果は、その方は八年という刑を打たれた。八年の実刑を受けることになったというんですね。だいぶ経ってからのことですけれど、母は会長様にお尋ねして、これで刑を受けてもらっていいものか、あるいは無罪にしなければいけないのか分かりません。

ですけれども、親戚の者は、「八年なんか軽い。もしもこれが、打ちどころが悪かったら即死をするところ。もっと上告して、罪を重くしなきゃいけない」と言いましたが、母は「ちょっと待ってください。会長様にお尋ねして、会長様のおっしゃるとおりに、私は進ませてもらいたい。ちょっと待ってください」

ところが母はそのときに、私は、病院に連れて行ってもらって、手当をしたのかと思ったら、そうじゃないんですね。病院なんか連れて行ってもらえなかった。まあそれくらい、家の中は大変だったと思います。

たまたま隣組の中に、戦地から(戦地と言うても、戦後のことですね)戦地から復員して帰ってこられた軍医さんがおられた。その方を、皆さんが連れてきてくださったけれど、いくら軍医さんだったって、なんにも手術の道具あるわけじゃない。家にあった木綿針と木綿糸を消毒して、そして七針縫っていただいたと、そういう事なの。

でも母は、後に後遺症が出て、このために大変な思いをするということは、生涯ございませんでした。

後に精密検査を受けたときに、「昔こういう事がありまして、先生よく調べてください」と言った。「へえー、そんな事があったんですか。なんにもそれらしい痕跡は残っていませんよ」と先生がおっしゃったくらいですね。

そうして夏のことなのに、バイキンが入ったら大変なことですが、バイキンも入らなかった。膿むこともなく、無事に傷は治っていったんですが、その軍医さんがおっしゃるのに、「あなたは、とても運のいい方ですね」と。「この頭皮は、八枚の皮が一枚になって、頭蓋骨を守っているんです。その七枚までが刃物で切れているけれど、最後の八枚(といったって、薄い薄い脳膜だそうですが)それに刃物がいかなかった。それであなたは、即死を免れたんですよ」とおっしゃっていただいて、今更のごとくに、母は恐ろしさに震えたと言いましたね。

 

そうして裁判の結果がそうなりまして、会長様のところへ改めて、こういう事がございまして、如何にしたらよろしゅうございますかという、お伺いのお手紙であった。

会長様は、「断じて、相手を罪に落としてはいけないよ」とおっしゃった。

「相手にも五分の理あり、遠藤家にも五分の理あり。五分五分の理だ」とおっしゃった。「お前さんの家に、人さんに殺されなきゃならないような因縁がある。それを相手さんが、お前さんの家には、こういう因縁があるよといって見せてくださった。だからむしろ後ろへ回って、ありがとうございました。よう教えてくださいましたと言って、お礼を言わんならん」と、このように会長様からお言葉がございました。

「そうして相手から、一円のお金も頂いてはいけないよ」という、この二つのお言葉をくださいました。

「この事件はこちらから却下して、無罪にさせてもらいなさい。そして、先方が警察から帰ってきたら、何事もなかったように今までと変わりなく、こちらから、おはようございます。ああ今日は良いお天気ですねえと言って、声をかけてつとめるんだよ。挨拶をさせてもらって、お付き合いをさせていただくんだよ」こんなふうに会長様は、お手紙に書かれて送ってくださいました。

 

もちろん母は言うまでもなく、会長様のおっしゃったとおりに、この事件は私どもの方から払い下げということで、相手さんは無罪になりました。

また相手さんから、一円のお金も頂かない。常と変わらずおつとめをさせていただいたので、どういうことか、もう周りの方がやかましかった。

ある日のこと、知らないうちに夜中に家出をされて、それっきりこのご家族の消息は、私どもは分かりません。

 

 

(1)  以上

 

 

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